誰もが人生の分岐点に出会う。
 そして、その多くは気付かぬうちに通り過ぎていく。
 だが、その分岐点がはっきりと自分にも確信できるときがある。
 それは、長い人生においてほんのわずかな回数しかない。
 でもその日、僕は確実に人生の分岐点に立っていた。
 そして僕は、自らその運命を望んでいたのかもしれない。

第一話 十三年目

 薄暗い新聞部の部室は、効果を高めるためにわざと電気を消し、形ばかりの演出は施されていた。
 梅雨の谷間に珍しく晴れ渡ったその日、こんな集会は似つかわしくないとばかりにカーテン越しにもはっきりと強い日差しが差し込んでくる。
 その場に集まった数名の男女の一人が、機を見計らって口を開いた。
「それじゃあ、最初は私が話してさしあげるわ」
 明らかにその学園の制服とは異なる服装を誇示するその女生徒は、集まった一同を見下したような目線で嘗め回した。美しく整った顔立ちだが、その上品さにはどことなく険があり、気安く近寄れないオーラをまとっている。
「でも、話す前にちょっと手伝っていただきたいことがあるの。工藤、あなたにね」
 そう言うと、彼女はブランド物のバッグの中から一体の古めかしい人形を取り出した。そして、工藤と呼んだ男子生徒に怪しい笑みを投げかけた。

二〇〇八年 六月 十三日 金曜日

 いつもよりも長かったホームルームがようやく終わると、工藤光輝は手早く帰り支度を済ませ一年D組の教室をあとにした。
「なぁ、例のものが仕上がったんだ。俺んちに寄っていかないか?」
 帰りがけに級友の高田勇作に呼び止められたが、工藤はすぐさまその誘いを跳ね除けた。
「ごめんよ。今日は部活なんだ」
 とりあえず儀礼的に謝りはしたものの、その口調も表情も起伏はなく、変化に乏しい。どちらかといえば小柄な部類に入る彼は、その背格好に相応しい自分の立場をわきまえているのか、いつもでしゃばることはせず発言も控えめで、クラスにおいても目立たない地味な存在である。中性的な印象を与える工藤を可愛らしいという女生徒もいることにはいたが、彼は自分から意識して異性との交流は避けているようで、それ以上の関係に発展することもなかった。かといって同性との交流が盛んというわけでもなく、地味な工藤にとって高田は友人と呼べる数少ない存在であった。
「新聞部って今日、部活あったか?」
「今日は特別なんだ。特別な集会があるんだ」
 答えながらも立ち止まらず、工藤はまだ会話を続けたそうな高田を残し教室を後にした。
「よお、工藤。まさか…逃げたりしないよな?」
「部長」
 教室の前では、工藤が籍を置く新聞部の部長、朝比奈卓也がいつものニヤニヤ笑いを浮かべながら待ち構えていた。

『アパシー 学校であった怖い話2008』の本編より抜粋