「これで止めだっ!」
「浅いっ!」
 目にも留まらぬ早業で果てしなく繰り広げられる攻防戦。互いの太刀が火花を散らす。幾度となく交わり攻撃を繰り返すも、戦う二人の男たちはかすり傷一つ負っていない。
「そんな腕じゃ、俺を倒せねえよ、天地丸」
「ほほぅ、そういうお前こそ俺を倒せるのか、司狼丸?」
 鞍馬山の奥深く、めったに人も足を踏み入れぬ人外の地に洞穴がある。そこに、四名の人影があった。彼らは司狼丸を洞穴の奥に追い込んだものの、それ以上は責めあぐねていた。いや、見方によっては司狼丸に誘い込まれたのかもしれない。
 洞穴の奥の開けた空洞は、びっしりと敷き詰められた青白く光る苔により幻想的な空間を作り出している。
 司狼丸は、目の前に立ちはだかる連中と対峙し笑みを崩さない。
「転身しろ」
 司狼丸は、あざ笑うように天地丸を見据える。五分の戦いに見えるも、明らかに押されていることは当の天地丸自身が一番よくわかっていた。
「さっさと転身しろよ。人間に化けたお前を刻んでも、つまんねえじゃねえか。力を解放しちまえ。そして転身したお前を、俺はこのままの姿で殺してやる。肉体だけじゃなくお前の心まで切り裂いてやるよ」
 確かに、このままでは勝ち目はない。天地丸自身も、すでに誇りにかまけている場合でないことはわかっている。己の自尊心を貫き通すことよりも、なりふり構わず相対する敵を倒すこと。それが使命なのだ。
「うおぉぉぉーーーっ!!」
 洞窟に天地丸の雄たけびが響き渡り、その身体を赤い炎のオーラが包み込む。
「転身! 魔封童子!!」
 足元から立ち上った二本の火柱はそれぞれが螺旋を描きながら全身を包み込む。赤い炎は深紅の閃光を放ち、辺りを眩く照らし出した。その光が収まったとき、天地丸の姿は三本の角を持ち赤い鬣を蓄える化け物に変わっていた。
「相変わらず醜いな、天地丸。さ、かかってこい」
 司狼丸は刀を鞘に納め腕を組んで突っ立ったまま、構える素振りさえ見せない。まるで子供をあしらう大人のように、顎で誘っている。
「その余裕、命取りとなるっ!!」
 風を切る速さで、天地丸が飛ぶ。その動きは今までの比ではない。全ての力を解放し、魔封童子という真の姿を披露した天地丸にとっては、まだ己の力を解放しない司狼丸など敵ではないはずだった。
 が。
「ぐわっ!」
 次の瞬間、天地丸は跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられていた。何が起こったのか、天地丸にもわからなかった。
「ふっ、口ほどにもねえ。魔封童子ってのは、その程度か? あ?」
「くっ」
 立ち上がり体勢を立て直す天地丸の前に、女が立ちはだかった。
「どきな、天地丸」

『ONI零』の本編より抜粋